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宇都宮地方裁判所 昭和29年(ワ)329号 判決

主文

原告に対して被告らは連帯して一五万円およびこれに対する昭和二九年九月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払い、かつ、被告与兵衛は、別紙(省略)目録第一記載の物品を引渡すこと。

原告その余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は、五分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余は原告の負担とする。

事実

(省略)

理由

一、原告が、昭和二四年五月二三日訴外花川英雄らの媒酌で、被告健吉の実弟被告義夫と婚約し、被告ら方に同居し、もつぱら被告方の農業に従事していたが、昭和二九年四月二七日実家に立帰つたことは当事者間に争いがなく、証人花川英雄の証言および被告健吉本人尋問の結果を合せると、同年七月頃原告は、被告らに対して被告義夫との婚約を破棄する旨申し入れた事実を認めるに足る。よつて、被告らは、右婚約破棄についてその責任があるかどうか調べるに

二、被告義夫が、智能劣るため、生活能力がなく、婚約後原告主張のような非行があつたところから被告健吉の申立により原告主張の日準禁治産者の宣告を受けたことは当事者間に争いがないところであつて、証人棚橋一郎の証言によつて真正に成立したと認める甲第一号証、同証人、証人大竹サダ、湯沢ヨシ、花川英雄の各証言および原被告本人(与兵衛)尋問の結果(同被告尋問の結果中後記信用しない部分を除く。)を合せると、原告は、被告義夫と見合をした当初から、同被告との婚姻に気がすすまなかつたのでいつたん断つたが、世帯主として被告義夫を保護する立場にあつた被告健吉は、原告の親戚である花川英雄に原告らに対して生活を維持するに足る財産を分与するからぜひ嫁に来てくれるよう取計つてほしい旨懇望したため、花川英雄は、媒酌人棚橋一郎とともに右婚約に関して原告主張のような財産の分与ならびに条件を附されない旨申し入れたところ、同被告が特に諾否の意思を表明しなかつたため、右花川らは、同被告の承諾を得たものと解してその旨文書を作成し、これを原告に提示して被告義夫と婚約するようすすめたので、原告はその熱意にほだされてこれを承諾したが、必ずしも、婚約に当つてはじめから被告義夫の智能が低いことはこれを知つていなかつたこと、および同被告は、原告と婚約後二年位は、真面目に被告ら方の農業に従事していたが、被告健吉が、原告らに財産を分与して世帯を持たせなかつたため、漸く仕事に倦み、しばしば三、四日も続けて外泊し、飲み屋の女を相手に遊興に耽り、ついに前記窃盗罪を犯すにいたり、原告は、被告健吉から「お前が嫁に来てから被告義夫の素行が悪くなつた、実家に立帰れ。」なる旨叱責されたため、被告らとの同居に堪えず祖母の病気に藉口して実家に立帰つたことを認むに足り、右認定に反する被告健吉本人尋問の結果は前記証人らの証言にてらして信用できない。

三、はたして以上の事情とすれば、原告において本件婚約を解消するにいたつたのは誠にやむを得ないものと解され、そのため、原告が相当の精神的苦痛を被つたことは推察に難くない、したがつて、被告義夫は婚姻予約上の相手方として、被告健吉は前記の立場上原告に対して遅滞なく届出の手続を実現し、法律上婚姻を完成せしめるよう協力しなければならない責務があるのにこれを怠つたものとして、いずれも原告に対して、それぞれ本件婚約解消に伴う原告の精神的苦痛に対して慰藉料を支払う全部の義務があるというべきである。

四、しかして、原告本人尋問の結果によれば、原告は農家として、田畑一町二反を耕作し中流の生活を営む手塚生次の娘に生れ高等小学校を卒業し、初婚で被告義夫に嫁ぎ、あしかけ六年被告健吉方においてその中心となつて専心農業に従事したこと、並びに右尋問の結果証人大竹サダの証言および被告健吉本人尋問の結果によれば、同被告家は田一町七反、畑五反五畝を耕作し、外に相当の山林を所有し、今市市有数の資産家であることが各認められ、これに前述諸般の事情を斟酌すれば、被告らが原告に対して各自支払うべき慰藉料の額は一五万円をもつて相当と思料する。

五、原告が、被告義夫との婚約に際して別紙目録第一記載の衣類、調度品を持参し、これが原告の所有であつて、被告健二が占有していることは当事者間に争がない。しかし同目録第二記載の物品は同被告から結納代りとして贈与を受けた旨の証人大竹サダの証言は、被告健吉本人尋問の結果によれば原告に対して結納は現金で二万円別途に交付していることが認められることからみてたやすく信用できず、他に右物品が原告の所有であることを認めるに足る証拠はない。かえつて、右尋問の結果によれば、右物品は同被告が、これを買受け原告が嫁に来る際世間体をかざるため原告が持参したものとして原告に使用せしめていたものに過ぎないことが認められる。

六、さすれば、被告らは連帯(不真正)して原告に対して一五万円および本件訴状送達の翌日であること本件記録上明らかである昭和二九年九月二二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払い、かつ、被告健吉は、別紙目録第一記載の物品を原告に引渡す義務があるわけであるから右の限度で原告の本訴請求を正当として認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第三条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 水野正男)

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